雨の降る世界で私が愛したのは


「辛いでしょうけど我慢してね」

 浴槽に落ちた毛を掃除し終わると、カーテンの隙間から階下の部屋の電気が消えていることを確認する。

 夜の十二時を回っていた。

 誰もいない目の前の通りは白い雨の飛沫をあげている。

「今日は雨が激しいから少し早く出かけられるわね。いつもより遠くまで散歩しましょうか」

 一凛は黒い服に身を包むと黒いレインコートでハルを覆った。

 大きな黒い傘の下で躰を寄せ合う。

 誰も歩いていない暗い夜道を、薄暗い街灯さえも避けて歩いた。

 闇に二つの影を同化させるかのように。

 雨はその気配を消してくれた。

「ちょっとここで待っててハル」

 ときどき公衆電話から家に電話をした。

 母親は何も知らない。

『一凛あなた仕事で家をあけることが多いの?』

「なんで?」

『この前警察が訪ねて来たのよ。あなたは今どこにいるのかって』



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