雨の降る世界で私が愛したのは


 稲妻が黒い空を駆け抜ける。

「この世界の一番の悲劇は動物が人と同じ言葉を話すことかもしれなない」

 ハルは言った。

「どうして?」

 ハルは一凛の問いには答えなかった。

 ただ心の中で一凛に優しく語りかけた。

『こんな風に優しい人間が無駄に苦しむからだ』

 ハルは稲妻が去って行った空をいつまでも見上げていた。

 ハルと一凛が失踪してから三ヶ月が経っていた。




 しばらくして引き出したお金が底をついた。

 一凛は働くことにした。

 身元を隠しての仕事は限られていた。




 油にまみれた換気扇はその役割を果たしていないわりには大きな音を立てて回り続ける。

 その下で一凛は食べ残しの多い皿を洗う。

 後ろでは耳の遠い客がテレビの音量を最大にして野球中継を見ている。

 最近白内障が進んだという店の主人は、近頃は夜も八時になると住居を兼ねた二階に引っ込んでしまう。





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