雨の降る世界で私が愛したのは
閉店の十時まで客は誰もこなかった。
店じまいをすると二階の主人に声をかける。
「今日もまたくず野菜をもらっていってもいいですか?」
読みかけの新聞の上でうたた寝をしていた主人は口を啜りながら、むにゃむにゃと「ああ、持ってけ持ってけ」と返事をした。
一凛は軽く会釈すると礼を言い店に下りる。
シンクの隅によけておいた野菜の切れ端の中からきれいなものを選んでビニール袋に入れる。
店を出ると風に煽られた雨が一凛を濡らす。
両手で傘をしっかりとつかみ挑むように歩いた。
古いアパートの窓は風が吹く度に音を立てて揺れた。
感覚的にそろそろ一凛が帰ってくる時間だと分かる。
一凛はいつも自分が暗闇の中にいるのが可哀想だと言う。
動物園でもジャングルでも夜は真っ暗なものだと言っても一凛は「そうね」とは言うだけで表情は変えない。
ハルにしてみれば可哀想なのは一凛の方だった。