雨の降る世界で私が愛したのは
前はしっとりとした美しい手をしていたのに。
かさついて冷たくなった一凛の手を握るたびにハルはいたたまれない気分になる。
なぜあの時自分は一凛に手を伸ばしてしまったのか。
何百回、何千回悔やんでも悔やみきれなかった。
今日こそは今晩こそは。
そう自分に言い聞かせながら何夜過ごしてしまっているだろうか。
もう少しだけあと一日だけ一凛のそばにとずるずる決心を先延ばしにする自分を責め続ける。
簡単なことなのに。
ただ自分がこのアパートから出て行くだけなのに。
外をぶらぶら歩くだけですぐに自分は捕まるだろう。
場合によってはその場で射殺されるかも知れない。
死ぬのが怖いのではない。
今の幸せに未練があるだけだ。
ひと時でも手に入れてしまった幸せを手放すのがこんなにも難しいことだとは。
階段の軋む音が聞こえた。やがて扉が開いた。