雨の降る世界で私が愛したのは


 給料のほとんどは家賃に飛んでいった。

 百円を惜しむような生活とは今まで無縁だった。

 そんな生活想像したこともなかった。

 一凛は今までの自分がどれほど恵まれていたかを思い知る。

 当たり前だったことが当たり前じゃなくなる。

 でもそれもきっともうすぐ慣れる。

 うつむいて歩く足元をチラチラと白い光が照らす。

 見上げると電気屋の前だった。

 展示されているテレビの中で一人の女性がゴリラについて話している。

 その顔に見覚えがあった。

 ハルの事件を取り扱った特集番組だった。

 女性の画面の下に『アニマルサイコロジスト』と表記されている。

 事件当初一凛のハルを庇う意見に反論し、討論番組の一凛の相手役に名をあげられたあの専門家だった。

 当時は無造作に切られた短い髪に地味な服装の印象の薄い女性だったが、画面の中の彼女は長い髪を両肩に垂らし、指先は薄い色のネイルがほどこされている。

 髪が巻かれていることだけを除けば、少し前までの一凛そっくりだった。




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