ペチュニアの恋文
私たちが同じクラスになることはなく、三年間結局何のかかわりも持てずに卒業してしまった。

ただ、一度だけ…。

先生に頼まれた資料を抱えて職員室へ向かっていた時、偶然職員室から出て来た蒼くんが、両手が塞がっている私に気付いて一旦戻って職員室の扉を開けてくれたことがあった。

その時の私は、驚きと嬉しさで一杯になって。

「あっ…ありがとうっ」

慌ててお礼を伝えると。蒼くんは、

「うん」

そう一言だけ返事を返してくれた。

それが、ただ唯一言葉を交わした出来事だった。

(そんなの蒼くんにとっては日常の一コマであって、きっと何も気にしていないし、覚えてもいないんだろうけど…)


そこに深い意図はないのだ。

それでも、私は嬉しかった。

蒼くんが昔と変わらず、優しくて。



ふと、前を歩いていた蒼くんが足を止めた。

何かに気を取られているのか暫くその場に佇んでいたが、再び歩き出すと遠くの角を曲がって行く。


(あの場所は…)


蒼くんが立ち止まっていた場所まで足早に進んでいく。

すると、そこには…。

私たちが一緒に遊んでいた、あの公園が通りの向こうに見えた。

多くの木々が植えられた、この辺りでは少し広めのその公園は、出会った頃のように夕陽が赤く照らし、同時に周囲に暗い影を落としていて、どこか寂し気だった。


(蒼くん…)


蒼くんは、どんな気持ちでこの景色を見つめていたんだろう?
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