路信の事は知っとけ!
しかし、列車は一向に停まる気配も無くスピードを上げ続けた。

次々と幾つも駅を通過する。

不安に潰されそうになるが、イタリア語が全く出来ない鹿乃子は黙って車窓を見ているしかなかった。


あたりが夕日に紅く染まり始めても、列車は停まる気配は無く、山岳地帯に入って行く。

列車の窓から見える山肌が夕闇に包まれ、そこに植えられた背の低い葡萄畑が黒々と鹿乃子の目に染みてくる。


宵闇(よいやみ)に変わった頃、列車は歴史書に載っていそうな古びた終着駅に着いた。

この列車は翌朝に始発するため、前の駅に戻る事は無い。

乗客は皆降車し、散り散りに消えて行った。


列車に残っていた鹿乃子も、車内で何を言ってるか分からない駅員に買わされた高額なチケットを持って恐る恐るホームに降り立った。

誰も居ない暗い駅舎。

降り始めた秋の冷たい雨。

駅の外に出ると鹿乃子の影が濡れた石畳に落ちていた。


鹿乃子は今遠いイタリアの見知らぬ地で、迷子になっているのだ!


しばらく駅舎にもたれかかっていたが、イタリア語がサッパリな鹿乃子には何も出来る事は無かった。

駅のライトも落とされ、あたりは街灯の明かりのみになる。

少し離れた街灯の下に人影があった。
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