い ち る に 群 青


 明日は満月、したがって月の二度ある大潮をもたらす日。海が大きく唸りその姿を幾重にも変える。—————それが〈海人(うみびと)〉と呼ばれ、古くから海を崇め奉る人々にとっては何よりも大切な日。


 もちろん、私にとっても。



 「(……何度、沈むの。何度沈めば、)」



 決して忘れ去ることも、意識から消し去ることも出来ない。この日だけは、全国に未だそのしきたりを残し受け継ぐ〈海人〉たちが同じ日、同じ時に祈りを捧げる。




 『 我々に恩恵を 我々に慈悲を 海の子に抱擁を 』




 —————それはまるで、車が走り飛行機が飛び、電車が走り、コンピューターが出来上がった時代に在るには些か錯誤のように思える程に高貴で神的、そして非情な祈りだった。


 しきたりを拒めば、破門とされ一生涯この土地に足を踏み入れることを禁じられる。そして〈落ち子〉と呼ばれ、他の土地へと追いやられるのだと言う。



 私はそうはなりたくなかった。

 なりたくない、絶対に。



 私にとって “御役目” を自ら投げ出すことは逃げであり、皆への裏切り。そして家族も居場所もこの身さえも引き裂かれるのだから……選択肢はない。


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