トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「遅くなってごめんねー。」


車から降りた篤さんは珍しく眼鏡をかけていたけれど、いつも通りの笑顔だった。

私のバッグに視線を走らせると、無言で取り上げてすぐにトランクにしまう。篤さんは普段通りを装いながら、とても気を使ってくれているのかもしれない。


車に乗ると、


「車内なら、小声で話す分には聞こえないでしょ」


と運転席から耳元で囁かれ、顔が近付いた時にフワッと淡い香りがした。


その香りの記憶を辿ると、前回の撮影の時に感じた甘い香りと結び付いて心がざわめく。


「今日は、眼鏡かけてるんですか?」


「うん。外歩くし、変装っぽくしてみたつもり。」


撮影で仮面を着けていた時も思ったけれど、眼鏡をかけると端正な顔立ちが余計に強調されている。


「かえって目立つ気がしますけど……。帽子とか被らないんですか?」


「髪に変なクセつくからやだ。かっこわるい。」


「子供みたいですよ。篤さん。」


「分かってないなー。子供じゃなくて繊細な男ゴコロだよ。

デートなのに好きな女の前で格好つけなくてどうするの?」


…………そうだった。篤さんはごく自然にこちらが赤面してしまうようなことを言う人だった。


「急にそういうこと、言わないでくださいっ。」


「ははっ。油断するな。今日は『そういうこと』なら言いまくるつもりなんだから。


俺は思ってることは伝える主義なんだよ。」
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