トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
走って辺りを探すが、犯人は見当たらない。


女子更衣室やトイレにいたら探すのも困難だ。ここは山瀬さんにも声をかけるべきかと考えつつ、周りを見渡す。



篤の楽屋だ。薄く光が漏れている。



音を立てずに様子を見ると、部屋の片隅でタブレットを操作する犯人の姿を見つけた。



「お疲れさまです。黒須です。」


俺は今、にこやかに笑っているのだろう。名乗れば全てを察すると思っていたのに、女は、


「お疲れさまです。新米の私の顔まで覚えて貰っていて嬉しいです。」


と検討違いで厚かましい挨拶を返した。


「何故こちらへ?ここは篤の楽屋なんですが」


「スタジオが広くて迷ってしまって……。瑞希さんの楽屋はどちらでしょうか。」


既にそちらに行って携帯からデータを持ち出した後だというのに、よく言う。


「案内しましょう。こちらへ。」


女の手首を掴む。顔を近付けて見下ろすと、何を勘違いしたのか恥ずかしそうに目を反らす。


「あなたは俺の声をよく知ってると思うんだけど。」


女は薄笑いを浮かべた。


「私、篤さんの作品はよく見てるから篤さんの声ならわかるんですけど。

拓真さんのは正直、まだで。声まではちょっと……」


自惚れるなと言外に含めて女は言った。そういう発想になるんだな、面白い。




「そういう意味で言ってねぇよ。」


手首を掴んだまま壁際に女を押し付けて、すぐそばの壁を蹴る。怯えた女がやっと顔に恐怖の色を浮かべた。
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