トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「大丈夫か……?」


「お兄ちゃん!!

お兄ちゃんが大丈夫じゃない!血がこんなにっ!


誰か!!」


言われて脇腹を見ると、刃物が刺さって血が出ている。痛みよりも先に、凶器を奪うことができたことに安堵した。


「これくらいは、問題ない。」


人が駆けつけるまでの間、目の前の女から瑞希を守ることくらいはできる筈だ。


まずは犯人を押さえようと振り返り、



その顔を見た瞬間に、全身の力が抜けて体が動かなくなった。




「タクちゃん、大きくなって。


拓人さんにそっくりね。」


十数年振りにその顔を見て、その声を聞いたのに少しも忘れていない。そんな自分が嫌になる。


「お母さん……」


そう答えると、うっとりと笑う。


「良い子ね」


その人は笑って、俺の頭を撫でた。


手を振り払えなかった。記憶の中の母は笑ったりせず、頭を撫でることもなかった。


昔の記憶が溢れ出し、無力な自分に還るような感覚に囚われる。


「その女は何かしら?」
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