トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
急いで兄が運ばれた病院に向かうと、待合室には篤さんがぽつんと待っていた。


「瑞希ちゃん、体は大丈夫だった?」


柔らかな表情だけれど、その横顔にはいつもの覇気がない。ヘアメイクで編み込まれた髪形がそのままになっていて、慌てて駆けつけたのが分かった。


「私には、怪我はないんです。」


体調を説明したのに、どこか後ろめたい口調になってしまう。


「それなら、拓真も安心だ。

拓真は緊急手術はもう終わったんだけど、まだ集中治療室にいる。」


「そんなに兄の容態は悪いんですか?」


「まだ何も説明されてないんだ。

でも、あいつはしぶといから大丈夫だよ。」


そう言っている篤さんも、指先が震えている。


「もし、瑞希ちゃんができそうならでいいんだけど。

教えてくれる?

あの女の人がいたときのこと。」


「はい…………」


私は、自分の見た一部始終を伝えた。


「あのとき、兄は

“あなたの奴隷は僕だけで十分でしょう”

って言ってました。


奴隷っていうのも驚いたけど、

自分のこと “僕” っていうのも普段の兄とは違ってて。」


兄が今まで、何と向き合っていたのかを想像すると怖くなった。


「拓真の体が動かなくなったことも含めて、一時的な退行なんだろうな。


虐待のトラウマ、か」


今まで怖くて口にできなかった『虐待』という言葉を聞いて、胃が熱くなる。
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