トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
急いで兄のいる病室に向かう。容態は落ち着いているといっても兄の顔色は悪く、苦しそうだった。時々うわ言のように


「ごめん……瑞希……」


と呟いている。


「お兄ちゃん、私大丈夫だよ。」


呼び掛けても眠っている兄には届かず、せめて少しでも楽になるようにと額の汗を拭いて、冷えた手を握る。


今も、悪い夢を見ているの?


どうか早く目を覚ましてと祈っていたけれど、そのうちに私も眠ってしまったようだった。



* * *



「瑞希?」


聞き慣れた声がする。低くてよく通る、耳に心地いい優しい声。


目を開けると青い水の底のように辺りが暗くなっていた。


「瑞希……」


「ん……」


お兄ちゃん、まだ眠い……。目の前のシーツのさらさらとした感触を楽しみながら微睡む。なんだか家と感触が違うような……



「お兄ちゃん!?」


今度こそはっきりと起きて、ここが病院だと分かった。


「瑞希」


ずっと苦しそうな顔をしていた兄が、穏やかに笑っている。


「良かった……お兄ちゃん意識が戻ってる……」


安心するとぼろぼろと涙が溢れた。涙を拭こうとして、まだ自分が兄の手をしっかりと握ったままだと気がつく。


「ごめん、ずっと繋いだままで。手が痛くなっちゃうね」


慌てて手を離そうとすると、兄の方から手を握り返した。繋いだ手とは反対の、包帯が巻かれている手で私の涙を拭いてくれる。


「瑞希、ありがとう。無事で良かっ……」


兄の目からも、涙の雫が落ちた。兄が泣いているところを見るのは、いつ以来だろう?
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