トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
驚いてじっと見つめると、泣いている姿を見られるのが苦手なのか、兄は手の甲で目を隠す。その途中で、


「痛っ」


と顔をしかめた。


「今は安静にしてないと駄目だよ。」


手をどけてタオルで涙を拭いたら、兄はそのまま反対側に顔を向けた。何だか子供のような仕種。


「私は無事に決まってるよ。お兄ちゃんが守ってくれたんだもん。」



「そんなことはない。助けて貰ったのは俺の方だ。あの人に……


ごめん、守りきれなくて。怖い思いをさせて。


それから、助けてくれてありがとう」



『あの人に』と言う時、兄は苦いものでも飲み込んだような顔をしていて。だから今は、踏み込んだ話はしない方がいい気がした。


「あの人からも、もう一人の人からも、全部守ってくれたよ。


でももうあんな、無茶はしないで。お兄ちゃんが死ぬかと思って凄く怖かったから。」


「うん……ごめん。」


一番怖かったのは、兄が無抵抗になった瞬間。されるがままに暴力を受け入れる兄は、どんなことを思っていたの?


小さい頃も、同じだったの?


心の奥底にしまわれた傷が、今も兄を蝕んでいないか心配で仕方がない。


……今の私にできることは、何かあるのかな。



「瑞希、この部屋に水ある?

喉が乾いて。無ければナースコールでいいんだけど。」


部屋を見渡すと、小さい冷蔵庫が備え付けられている。


「大丈夫、あった。ちょっと待ってね。」


冷えたボトルを取り出して気がついた。まだ起き上がれない兄にどうやって水を飲ませたらいいんだろう?
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