トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
転院先の病院がある最寄り駅で電車を降りると、高級住宅街が広がっていた。こんなところにどうして移動したんだろう。セレブっぽい病院を好むなんて、全く兄らしくない。


駅から全速力で病院に向かうと、まるで高級ホテルのような静かな佇まいの建物にたどり着いた。


エントランスにはセキュリティの厳重なゲートと、人を寄せ付けない雰囲気の威圧感すら感じる受付がある。


「今日転院してきた黒須拓真の病室を教えてください。」


「黒須拓真さんですね。少々お待ちください。

…………当院には、そのようなお名前の方はいらっしゃいません。」


思いがけない返事が返ってくるので、叫ぶように詰め寄る。


「そんなはずはありません。今朝、転院してきたばかりなんです。」


「そのような方はいらっしゃいません。」


しかし、機械的に同じ返事が繰り返されただけだった。


後ろの方で、「TAKUMAってモデルの……」「あぁ、ファンの押し掛けね……」と薄笑いが聞こえる。


「私は黒須拓真の妹なんですけど! 身内です。教えてください。」


「ですから、そのような方はいらっしゃいません。お引き取りください。」


と三度目の冷たい返事があり、思考が停止した。


兄がいない。移動先の病院にもいない。



どうして。



長い間頭が真っ白になっていた後で、昨日、兄の様子がおかしかったのを思い出した。


もう一度兄に電話をかけると、“お掛けになった電話番号は、現在使われておりません” というアナウンスが流れる。


その音声を聞いて私は叫び声を挙げて座り込み、病院からは早々に追い出されてしまった。
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