トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
15 晩夏
兄の筆跡で綴られたその手紙を何度となく読み返した。


手紙を読んでいる間だけは兄の声が浮かんで、切ないとか嬉しいとか、悲しい、淋しいといった感情がごちゃ混ぜになって心を叩く。


しかし、読み終わるとまるで何もかもが停止してしまったかのように、世界が意味の無いものに感じられた。



「私、お兄ちゃんの名前までわからなくなっちゃったんだ……」


家も、仕事も、名前まで捨てて兄が消えてしまった。


今までの当たり前の毎日が、これからもずっと続いていくと思っていたのに。それは唐突に幕を下ろし、私は多分もう二度と兄には会えないのだ。


その事実から目を瞑るために、まるで中毒患者のように同じ手紙を読み返した。





どれくらいそんなことを繰り返していただろう。家のインターフォンが鳴り、ドアを空けると篤さんがいる。


「あれ? 篤さん?」



「あー……ここにいて良かった……。


どれだけ電話しても全然連絡とれないし。君までどっか行ったんじゃないかって


こっちは気が気じゃなかったんだから。」
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