トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「最初に会った頃と比べると、少し伸びたね」


濡らした髪に、篤さんがぱさりと鋏を入れる。確かにとても手慣れた様子なんだけれど、躊躇なく髪を切るので少し心配になる。


「だ、大丈夫ですか?」


「任せとけって。前に美容師の演技指導で習ったことあるし。

……わりと毛先が痛んでるなぁ。ここ1ヶ月くらいの不摂生が見事に表れてるよ。」


「そう言われると、返す言葉もありません……。」


確かに兄の一件以来、髪のケアなんてまともにしていなかったかもしれない。


「やっぱりね。ついでに痛んだ毛先も整えとくよ。」


鏡越しに呆れ顔の篤さんと目があった。直接目を合わすのではないこの距離感は、いつもより素直に気持ちを伝えやすいのかもしれない。


普段はゆっくり話す時間は無いから、きっと今伝えるべきなんだ。


「兄がいなくなってから今まで、曲がりなりにもちゃんと私が生活できたのは、篤さんがいてくれたからです。」


「ん?」


「篤さんには、感謝してもしきれないほどです。

でも、そうやって篤さんに依存する私はとても狡いから。篤さんの気持ちを利用して、甘えたいだけ甘えて。


だから」


「だから何?

ほら、前髪も切るから目を瞑って」


篤さんは私の言葉には構わず、髪を切る手を止めない。目を瞑って、懺悔のように続きを言った。


「だから、もう家に来ないでください。

篤さんに気にかけて貰えて嬉しいですけど、こんなの、申し訳ないですから」
< 182 / 235 >

この作品をシェア

pagetop