トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「私だって仕返ししますよ。もし同じことしたら困るのは篤さんの方です。撮影の時に困ればいい。」



「そんな度胸があればやって良いけど、むしろ大歓迎。

その結果俺がどうなるか知らないけど。」


篤さんがシャツのボタンを開けて、首を傾けて私の顔の前に近づけた。首筋から記憶に馴染んだ甘い香りが広がる。


私はその首筋に噛みつくかわりに、篤さんの頬に自分の頬を触れ合わせた。



「え……?」



篤さんが目を瞬いたのか、睫毛が動いて私の瞼をくすぐった。私が急にこんなことをしたから、きっと凄く驚かせてしまったんだ。



「篤さんを思う気持ちは、感謝だけでもなくて、ごめんなさいっていうのも違くて、もっと温かで少しだけ苦しくもあって。

うまく言えないです。自分でもわからなくて。

でも、もし私が原因でつらい思いをしていたら嫌なんです。」



「そんな心配はいらないから、もう来るなとは言わないで。

つらい思いなんかしてないけど、君から貰える感情なら、結局のところ何でも欲しい。つらい気持ちも味わってみたいかも。」


篤さんが頬をゆっくりと離して、目を見つめながら続きを言った。


「今言ってくれたこと、すごく嬉しかった。


わからないままでいいよ。

俺たちの関係にも、その気持ちにも、名前は要らない。」


小さく頷くと、強く抱き締められた。痛いくらいに締め付けられる肩や背中から、篤さんの想いが伝わってくるようで。

私の混沌とした気持ちもきっと伝わっている。首に手を回すと、さらに強い力で抱き締められた。


「困ったな。決心が鈍りそう。」


「え?」


「何でもない。聞き流して。」


篤さんはそう言って長い間私を見下ろし、そっと唇を重ねた。私は、それを拒まなかった。
< 185 / 235 >

この作品をシェア

pagetop