トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「篤さんが私にメイクしてくれるのも、自分でお化粧するのも変わらないと思うんですけど……?」


人前でお化粧しない方がいい、というマナー的な話なら、こうしてメイクしてもらっているのも相当ダメな気がする。


「全然違うって。例えば、そうだなぁ、服を脱がすのも着せるのも楽しいけど、目の前で平然と着替えられるとちょっと引くっていう感じ?」


「急に大人っぽい例えですね、

わかるような、わからないような……」


「まあ、それは冗談にしても。今は君を飾って遊んでるんだけ。」


篤さんは殆ど職業的と言ってもいいほどの手際でメイクをしてくれる。でも、顎に手をかけられてリップを塗られる時には冷静ではいられずに、視線をどこに置いていいのか迷った。


リップを馴染ませるための、唇の上を指でなぞる感触に頬が熱くなって困っていると、


「はい、完成。」


と声をかけられる。見上げると篤さんは指先についたリップを舐めたので、余計にどうしていいかわからない。


「…………!

舐めたら体に良くないです……」


「そう? でも女の人って、一生の間に絶対何本分か口紅食ってるよね。」


篤さんはそんなことを言って平然としていて、私だけが動揺している。


恥ずかしさを誤魔化すために鏡で顔を確認すると、大人びた顔の自分と目が合った。


「5割増しくらいになってます!すごい。」


「そんなに塗ってないし、変わってないって。」

と篤さんは笑って、目的地に向かって出発した。ナビ上では、もうあと僅か先に到着地点が表示されている。
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