トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「そのために、今日ここに連れてきてくれたんですか……。」



篤さんはいつもいつも、こんな私にとびっきりの優しさをくれる。


兄ではなく俺を選んでと言っていたのに。


篤さんはいつだって自分の気持ちを後回しにして……




私は今度こそ涙が溢れるのを止められなかった。


「まだ泣くなって。そういうのは後にとっておいて。」


「篤さんは優しすぎます。

私、篤さんの優しさに何も返せないのに。」


「返すとか返せないとか、細かいこと気にしなくていいよ。


そんなことよりも、ここからが君の正念場だ。ちゃんと伝えないと、あの珍獣はまたどっかに逃げかねないからね。」


篤さんは私の頭にぽんと手を添えた。何も言葉にできずにその手を見上げる。


「そうそう、これ勝手に持って来ちゃったよ。」


篤さんが取り出したのは、兄が私の二十歳の誕生日に贈ってくれたネックレスだ。


「お盆の時に気が付いたんだけどさ。

貰い物をどうしようと君の自由だけど、仏壇に供えるっていうセンスはちょっと笑えた。」


篤さんは、ネックレスを私に着けてくれた。顔を見上げると、篤さんの優しい眼差しはいつも以上に大人っぽく見えた。



「私、篤さんにかけて貰った言葉をずっと忘れません。

この先もずっと、この夏にしてくれたことを覚えています。

デートしてくれたことも、お盆に来てくれたことも、その時にかけてくれた言葉も、今日だって……」


「馬鹿だな

そんなこと、俺はもう忘れたよ。

だから君も早く忘れろ。」


車を降りると篤さんに背中を押されて、二、三歩前によろめくように歩く。


遠くにいる兄の姿をもう一度確認すると、その間にあっという間に篤さんの乗る車は遠ざかっていった。
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