トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「そうだな。後で連絡しとくよ。」


兄はそれだけしか言わなかったけど、簡単な言葉以上の思いを隠していることは何となく分かる。





「瑞希、あの辺り見える?」


兄の差す方向は、建物の影に隠れていてよく見えない。背伸びすると少し欠けた丸い月が見えた。


隣に座る兄を振り返ると、柔らかな笑顔で告げられた。


「月が綺麗ですね」


「ふふっ。懐かしい。

でも今日の月は位置も遠くて、形も中途半端だよ?」


I love youの有名な和訳だというそのセリフを兄と練習したときを思い出す。


「あのセリフ、下っ手くそだったなー。」


「む……。


私だって酷い演技だったってわかってるから。

結局CMの撮影はあのゴタゴタの後で外されたもん。」


「そうだったのか。ショックだったら悪いけど俺はその方が嬉しいよ。

瑞希が出てた1つ目の映像見たら苦しくて。チョコレートすら嫌になる始末だ。」


私も同じ気持ちを経験している。兄のラブシーンで泣いたのは今でも苦い思い出だ。


「私もね、何かホッとした。

篤さんなんて

『今後どれだけ下手な新人が現れても、君より絶対マシだから優しくできる気がする』

とか言うんだよ。」


「あはは、あいつらしいな。」


笑った兄は、もう一度空を見て言った。


「月が綺麗ですね、って言葉はいろいろ省略されてる気がするんだ。

あなたと見る月は美しい、

あなたと一緒に見るから、今夜の月が綺麗に見えるんだって」


「お兄ちゃん、ロマンチストだね!」


「ただの実体験だよ。

俺は今日ほど、月も星も綺麗だと思ったことはないよ。

だから、

月が綺麗ですね、瑞希」
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