トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
優しい声に油断していたら、急に全身を溶かされた。


「いきなりそういうこと言うのずるい。」


うつむいた顔に手を添えられ、兄の方に向き直される。赤い顔を見慣れたくないのに、兄の視線が余計に肌を焼く。


「ずるい? どうして?」


その質問は意地悪だ。理由を口にしろと言っているの?


「だってお兄ちゃんわかってないでしょ。自分の声が私にどう響くか。

急にドキドキさせられるこっちの身にもなって。」


目をそらしたらその隙に耳にキスをされる。


こんなこと……これまで兄の行動と違いすぎる。


私が駄々をこねた時は、その理由が何であっても「ごめん」と笑って頭を撫でるのがいつもの兄だったので、多分今もそうしてくれるんだと期待していた。


でも、耳に唇を触れさせながら囁くように続けられた言葉は、もっと意地悪な笑いを含んでいる。


「声がどうした?

こうして話せば、瑞希はもう少し困るのか?」


「……困っ……る、から……。 ちょっと待って……」


体をを離そうとすると却って長い腕に絡めとられるばかりで、私の背中は兄の胸にすっかりおさまっていた。


「本当に困ってる。そういう瑞希を見るのも愉しいな。」


後ろから顔を覗きこんで話す兄は、目を細めて笑っている。


「分かっているなら、ちょっと……ぁ」


耳朶を噛まれた。体がびくっと震え、私を抱き抱えている兄には当然それが分かるはずで、そう思うと余計に恥ずかしさが増す。


「これくらいで、何言ってるんだか。

完全に自分を棚に上げてるな。」


呆れたよう呟かれるけど、そんなことを言われる覚えはない。


「……なにっ……それ」


「そうか忘れてるのか、

今まで瑞希が俺に課してきた精神修行の数々を。」
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