トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
兄は唇を離して困った顔をする。さっきから私ばかり困っているんだから、これくらいは大目に見て欲しい。


「急には変えられないもん。それにまだ妹の立場だって捨てるのは惜しいの。」


兄はそんな私を「欲張り」と笑って、聞き分けのない子供をあやすような目で見る。


「子供だと思ってるでしょう?」


「違うよ。

ずっと前から、瑞希は俺にとって綺麗で可愛いくて……どうしようもなく好きな女だ。」


「ねぇ、お兄ちゃんっ……。

嬉しいけど、たくさんそういうこと言わないで。落ち着かないし恥ずかしいよ。」


「それは無理な相談だ。もう気持ちを隠す気はないから。」


髪を撫でられ、深く息を吐いた。これまでだってたくさん頭を撫でられてきたけれど、今の感触はまるで違っていた。


「でもその呼び方は困るな。

頼む、少しずつでいいから変えていってくれ。」


「……うん、でも今は許して。」


その夜は吐息と共に幾度となく「お兄ちゃん」と声をあげた。その度に少しだけ困惑した顔になる兄をひっそりと見上げて、また深く目を閉じる。


「俺はもう瑞希を妹だなんて思えないから。一度タガを外してしまったら、元には戻せない。

今の俺に兄としての顔は期待するなよ。」


兄は「瑞希」と何度も私の名前を呼ぶので、恥ずかしさを堪えて「拓真」と呼び返す。

耳元で兄が嬉しそうに微笑んで、そのくすぐったいような甘い気配に全身が包まれる。私は慣れない呼び名が口に馴染むまで、繰り返し兄の名前を呼んだ。




Fin.
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