トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
『今夜は遅くなる。朝まで帰らないかもしれないから、戸締まりを忘れないように』


拓真は瑞希に簡単なメッセージを送って、ダイニングバーで篤を待っていた。




久しぶりに『藤堂』の名字を書いた。あの頃のことは思い出したくもないが、今の自分には当時を振り返る必要があるように思えた。



ウィスキーの氷をぼんやりと見つめながら、幼い頃の記憶を辿る。それだけでも、自分が無力になったように感じて底無しの不安に囚われていく。



ため息をひとつついた頃、軽快な靴音が聞こえてきた。



「憂いをおびた色男め。酒飲む姿が絵になってムカつく。」



篤が笑って向かいの席につく。



篤はいつも過剰なからみ方をしてくるが、人の気持ちを感じとる不思議な力でもあるかのように、俺が弱っている時には、ことさら下らないことを言って、知らない間に励まされていたりする。


明るく自信に溢れた様子の篤を見上げて、こいつには何もかもかなわない、と改めて思った。

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