トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
「気負うから変になるんだって。上手く演じようとしなくていいんだよ。

好きだと言いたいけど言えないもどかしさをぶつけるような感じで……って急に言っても難しいか。」


瑞希が何かを考え込むようにうつ向いた後で、セリフを言い直した。


「きっと今夜は、月がきれいですね」


今度はまともにセリフを言って、じっと俺を見上げた。瞳を見つめ返すと、時が止まったような感覚になる。


いつまでそうしていただろうか。


「……お兄ちゃん」


瑞希に言われて我に返った。


「本番では、もう少し笑えよ。」


この一言はアドバイスではない。

今の切ない表情は俺だけが独占したいから。篤の目の前で同じ顔をされるのは嫌だというそれだけの理由だった。
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