cafe レイン
「ご馳走様です。ありがとうございます」

「いえいえ。楽しかったです。また誘ってもいいですか」

「もちろんです」


丸山さんからそう言ってもらえることがすごく嬉しかった。だから、私はすぐに笑顔で返事をした。
帰ろうかと踵を返したその時。


「拓!?」


そんな声が急に背後から聞こえて、私と丸山さんは振り向いた。そこに立っていたのは。


―――――――花さんだった。


「何してんの」


花さんは笑顔で丸山さんに近寄ると、ためらうことなくその腕に触れた。
遠慮なんてなく、自然と彼に触れることが出来る花さん。当たり前だけど私と幼馴染の彼女の間には大きな差があった。
そんなことに傷付いても仕方ないのに、どうしたって傷付いてしまう。


「はあ、別に」


手を振り払うこともなく、だけど、そっけなく言う丸山さん。


「なかなか拓来ないからさ、コンビニでも行こうかなって思って外出たんだけどちょうどよかった。帰ろうよ」

「いや、俺彼女送っていくか」
「大丈夫です」


二人を見ていたくなくて、私は彼の声を遮って答える。それからにこりと笑いながら「一人で帰れます。ありがとうございました」と言ってそそくさと私はその場を後にした。
止める丸山さんの声も聞かずに。


早足で駅までの道を歩く。ズキズキと胸が痛んだ。
花さんのことが好きな丸山さん。親密そうな二人。勝ち目なんてないじゃん。
なんで丸山さんは私のことを誘って、期待を持たせるようなことをするのだろうか。


どうやって帰ったのかも覚えていない。ぼーっとしていたから。家に着いてから何もする気になれなくて、メイクだけ落とすと私はベッドに身を投げ出した。
一度だけケイタイを見る。時刻と日付が書かれた画面。通知は何もない。

彼からの連絡はなかった。
私のことを何も思っていないのだから連絡が来ていないことなんて当然のことなのに、そんなことにも傷付いてしまう自分が惨めだ。


頭に焼き付いている花さんの姿。嫌な思考が私を支配する前に意識を手放した。

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