ハイスペック男子の憂鬱な恋愛事情
「嫌に決まってんだろ」

必死の懇願をあまりにサラリと却下するから、その温度差についカッとなって出すべきでない人物の名を口にしてしまう。

「でも佐波さんが……っ!」

反射的にしまったと思った。

さっき、妬かそうとこれでもかと意味ありげなことばかり言った。

これじゃ、何もかも佐波さんの言いなりだと、安っぽい当てつけだと思われる。

訂正しなければ、そう思うのに、彗大の質問に答えれば答えるほど、嫌な流れになって行く。

「……前の男と連絡取り合って何そっちでいいようにまとめられてんだよ」


庇えない。というか、一番避けなければならなかった事態に陥っている。


「ちがっ、彗大が思ってるような意味じゃ」

「もう黙れ」

そこから、わたしの意思を全く尊重されない行為が始まる。

悲しい。嫌だ。こういうのは、嫌だ。

そう思うのと裏腹に、快楽を知るカラダと音を欲する耳が、彗大の行為を受け入れようとする。

「ん、待っ……!」

「待たない」

嫌だ。嫌だ!

こんな無視されるみたいにされたくない。
どうしたらいい?どうしたら?


“もしその直情男に今後、俺の話題出しちまうようなことがあったら、俺は女ってことにしろよ”


“なんででも。多分その時になったら分かる”

一瞬で、このことかと理解する。

ギリギリで苦しい嘘をつかなくて済むように、助言してくれてたのに。

ここで彗大に嘘をつくのはすごく後ろめたい気持ちになる、けど。
このままされるのはそれ以上に後悔する。


「……ごめんっ!佐波さん女だからっ!」

つい罪悪感に謝ってしまったけど、そこは彗大にはどうでも良い問題だったらしい。
紙一重で勢いが止まる。


「さっき男って言ってたじゃねーか」


疑われるのは、自業自得の想定内。


「…………っ」

「黙るなら普通に続けるけど」


「彗大にもちょっとは妬いて欲しかっただけ!」

ここから、言い訳や建前をどんどん剥がされるのもーー悔しいけど想定内。


だけど、崩れるように本音を吐露させられたことが、まさかの想定外を生んだ。


「好きだ」

「好きだから、全力で誘惑してんじゃねーか」

「言っとくけど、今まで俺から口説いた女はお前しかいないからな」


畳み掛ける勢いで告げられた告白は、想定外という名の大反則だ。

「う、嘘だぁっ」

「誰がこんな恥ずかしい嘘つくか!コッチは必死だっつの!」

多分間違いなく自分もなんだけど。
こんなに真っ赤になる彗大は、見たことがなくて。

「こんなにどハマりして好きになったのは優李が初めて、だっ!
お前ほど、俺から生まれて初めて掻っ攫った女はいねーんだよ!」


丸ごとぶつけられた彗大の気持ちに、天秤にかけられていた片方が消えてしまった。

わたしの全身が異常に熱い。

わたしの首元に顔を埋める彗大が、言葉に尽くせないほど愛おしい。


「発情しちゃう」


多分、“本来の意味“で使ったのは今日が初めての言葉。

こんなクリアに、ひとだけを求めたのも、誰かがわたしの1番になる感覚も、初めてで、カラダ中がビリビリ痺れる。


「画より優先したいことなんて、生まれて初めて」


わたしの世界に未だかつてなかったもの。

これはわたしの世界を崩壊してしまう感情なのだろうか。


“毒を自覚したらお前、画、本気で描けなくなるかもしれないぞ”


佐波さんの言った言葉が一瞬よぎったけれど。

わたしはその日、“彗大”に夢中で。

あれだけ魅たがっていた彗大の色を、魅ることは一度としてなかった。

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