ハイスペック男子の憂鬱な恋愛事情
行かなければ、そろそろ来る頃だとは思っていた。

今日は定時で上がれたと、いち早く打刻して“向かおう”とした矢先の、事務所ビルのエントランス。

でも、当初俺が願望をフルに抱いていたのは最愛の恋人であって、現実的な話では奈落の魔オーナー様(魔王とオーナーがかかっている)であって、決してこいつではなかった。


「ハジメマシテ。櫻井佐波です。キミが神山彗大、だよね?」

「………ハジメマシテ。アンタやっぱり男だったか」


でも、ちょうどいい。
いずれあたる相手なら、早い方がいい。

「ちょっと話できるとこ、移動しましょうか」


こいつは特に。(男だったしな!)



「あいつから中途半端に連絡途絶えたのって初めてだから、君の仕業かな、と。
そろそろ優李、解放してやってくんない?」

……はい?

会社のエントランスでする話でもないと、少し離れた公園に案内するなりの先制攻撃。

端から端まで隙間なく腹ただしいワードを注ぎ込まれて、既に頭は臨戦態勢。
公共の場でなければ冷静さを欠いたハイスペックにあるまじき失言を繰り広げていたかもしれない。


「なんで俺の務め先まで知ってんですか?」

「優李から相談乗った際にたまたま聞いていて」


嘘つけ、顔見たら分かんだぞ、この詐欺師ヅラ。
虎視眈眈と俺に牽制する機会を確信していて聞き出した癖に。


「……そちらさんへ連絡が途絶えたどうのの件は知りませんけど、宮下オーナーには優李から説明連絡がいってる筈ですよ」


この詐欺師にどこまで情報を開示してやるべきか。

実は俺の部屋で一夜を過ごしてからの最初の3日間、優李はずっと俺の部屋にいて、恥ずかしながら時間の許す限り、想像を超えるイチャコラ祭り状態だった。

(あまりの可愛さに、この繁忙期に休みを一日でも取ってしまったのは、ビジネス上、墓場まで持っていくここだけの極秘話だ。)

そして4日目以降からのこの3日間、現在進行形で、彼女は“ちょっと出てくる”と置き手紙と自分のスマホを残して、パタリと姿を消した。

いやいやいや!あんだけ濃い蜜な時間を過ごした後にどんだけ淡白な置き手紙だよ!
連絡手段まで置いて行くとか相変わらずクソハタ迷惑な女め!

と言う彼氏の当然の愚痴はこの辺で割愛するが。

とはいえ、優李もそこは社会人。

何も言わずに職場放棄してからの現在進行形というわけでは勿論ない。

一線を超えてなんとか一区切りついた翌朝、優李は宮下オーナーに電話し、可能な限りの休暇申請を出して許可を貰っていた。

ただ、オーナーと優李でどういう話し合いをしただとか、休暇申請についても2人のタイムリミットを感じたくなくてどれくらい通したかを優李にあえて聞いていないこともあって。

定時に上がれた今日、魔オーナー様と直接対決すべく画廊へ向かおうと意気込んだところが、まさかの詐欺師が颯爽といの一番に現れるんだから……正直気に入らないどころの話ではない。


「そもそも櫻井さん、別に関係ないですよね」

「関係あるよ」

強気に攻めたつもりが、見事に堂々と関係者宣言。

いや、ないだろ普通に関係ないだろ。

でも1つ、こいつが男とわかって、どうしても気になっていることは、ある。

「……ハンバーグの師匠ってだけでしょ」

「……。」

「……。」

「ぷっ。神山くん、カマかけ下手くそか。」

「……っ!」

こいつ、俺の天敵だ。
分かるぞ、多分、めちゃくちゃ嫌な奴だ!

「ははっ、気になってんでしょ?」

「別になってません」

「ホラ、なんのことか分かってる」

「もう、俺のなんで」

「はは、神山くん、まだまだ青いねー」

あー殴りてぇ。この詐欺師。




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