ハイスペック男子の憂鬱な恋愛事情
「あーしょうこちゃん」

「!」

や、やべぇ!助かった!

危うくクライアントの指示を放棄して、生まれて初めて女にガチ切れするところだった。


そう。どんな意図があるのかは謎だが、俺は今回、声を出していいと許可される瞬間までは声出しがNG。

そして、恐らくウチの事務所で聞いていた名前とも一致するから、この女で間違いないんだろうが……

社優李(ヤシロ ユウリ)という新進気鋭の若手画家の、クリスマスまでの約二ヶ月半の補佐を仰せつかっている。

(だいたい、この俺が補佐という時点でおかしな話だが!)

「神山くん、この間から電話ではよく話してたけど会うのは初めてましてだね!改めまして、この画廊のオーナー、宮下祥子です」

信念の強さが伺える、よく通る声と自分への友好を示すまっすぐな笑顔と握手が、さっきまでの剣呑な空気を一瞬で一掃する。

なるほど。この人がやり手と名高い激レア級クライアントの宮下オーナーか。


特定の作家作品を買い上げ展示しては、その作品を更に売るという、一般的なコマーシャルギャラリーと呼ばれるシステムを銘打った画廊のオーナーなのだが、どう口説き落とすのか、その特定作家の名だたること恐れ多いこと。

自身の名声を上げる為に宮下オーナーと仕事がしたい強豪が腐るほど群がる中、今回この俺に白羽の矢が立ったのは一重にーー

「ねーしょうこちゃん、まけぃた別にイラナくなーい?」

「優ー李ー!だ、か、ら!今回は私の知り合いのデザイン事務所とあなたの絵のコラボイベントだって何度も伝えたでしょ!」

俺は今日何度目の試練に立ち会っているのか……。

確かに今回のプロジェクトは俺の上司、坂上さんとなんらかの縁がある宮下オーナーが企画発案して。

ウチのデザイナー事務所と今大注目株と噂の画家とのコラボが実現の運びに至ったらしいが。

その秘蔵っ子画家がこんなクソ失礼なヤツだと分かっていたなら……

「じゃ、まけぃたじゃなくてもいいじゃーん。」


「つーかまけぃたやめろ!俺の方こそお断りだ!!」


あ。声に出しちまった。

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