鬼部長に溺愛されてます
なにかが割れる音とともに、俺の膝に冷たいものが広がる。
店員がグラスを落としてしまったらしい。
「も、申し訳ありません!」
彼女が俺のそばで深々と頭を下げる。
――ちょっと待て。
そんなに大騒ぎをされたら気づかれてしまうではないか。
「大丈夫ですから」
努めて小声で言ったというのに
「本当に申し訳ございません!」
店員は、なおも大声を張り上げた。
「桐島、さん……?」
……ほら見たことか。
騒ぎのどさくさで俺に気づいた麻耶の声が、確かに俺の耳へと届けられた。
「……こんなところで会うとは奇遇だな」
近づいてきた麻耶に、いかにも“今気付きました”という顔を作り上げる。