切ない春も、君となら。
「さあ春日ちゃん。着付けするからこっちへおいで」

着付け……?


着付け⁉︎


「えっ、何、どういうこと⁉︎」

動揺しまくりながら近田君に尋ねると、彼は至って冷静で。


「言っただろ。お前の作り笑いは俺にはバレバレなんだよ」

「へ?」

「浴衣ないくせに、皆に気遣って無理に話合わせてんじゃねーよ」


ってことは、もしかして。


「さあ春日ちゃん、こっちへおいで。他の女の子達は皆、浴衣着てくるんでしょう? じゃあ春日ちゃんもおめかししないとね」


近田君が、おばあちゃんに頼んでくれたの? 私に浴衣を着付けてくれって……?


「で、でもそんな……。それに、この浴衣は一体……?」


白い生地に赤い金魚達が泳いでいる素敵な浴衣。帯は黒色で、着古した感じはするけれど、大事に保管されていたんだろうなって、何となく感じる。


「サイズは合うと思うよ。春日ちゃんと真美子は背格好が似てるからね」


おばあちゃんがそう言った。

真美子……さん?

それってもしかして……。


「だ、駄目です! 近田君のお母さんの形見の大事な浴衣を私が着るなんて!」

そう言ったところで、近田君のチョップが頭に直撃する。


「痛っ」

「ちげーよ! 姉ちゃんのだよ!」

「あぁ……!」


お嫁に行ったお姉さんのものか……!

いや、それでも私が着るなんて申し訳ないことには変わりない。

だけど、おばあちゃんが「早く、早く」とどこか楽しそうに急かしてくれる。

それに、近田君が私の為におばあちゃんに着付けを頼んでくれたことも嬉しかった。


悩んだけど……二人の厚意に甘えることにした。
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