切ない春も、君となら。
「抜け出さないけど」

「冷た」

「だって……」

何でそんなことをするのか分からないし。恋人同士じゃあるまいし。基紀君のことだから深い意味なんてないんだろーけど。

それに。

「誤解、されたくないし」

「誤解?」

「……何でもない」

私と基紀君の間に恋愛的な要素が一切ないのは皆だって分かってると思うけど、それでも。
まず、菜々ちゃんに嫌な思いをさせたくないし、近田君にもーー誤解されたくない。


「へえ。そっか」

何だかよく分からない返事をした彼は、さっきまで一緒にいた杏ちゃんの元へと戻っていった。



そして、ほぼ予定通りの時間に、花火大会開始のアナウンスが会場に流れる。

ここからでも花火は綺麗に見えるけど、もう少し奥に行くと、広いスペースで座りながらゆっくりと花火を堪能することが出来る。アナウンスが流れると、屋台前にいたほとんどの人たちがそっちのスペースへと向かっていく。


「俺達も行こうか」

堀君がそう言って、私達は頷く。


辺りにいた人たちが一斉に押し寄せるように同じ方向へ向かうから、気を付けていないとすぐに皆とはぐれてしまいそう。


なのに。


ーーグイ。


誰かに後ろから手を引かれ、思わず立ち止まる。

誰? と思いながら振り向くと、私の手を引いていたのは近田君だった。


「どうしたの?」

早く行かないと、皆とはぐれてしまう。既に姿を見失いつつある。

だけど彼は、私とは目を合わさず、手を握ったまま動かない。

でも、すぐに私の目を見て。


「……二人で、ちょっとはぐれないか」

「え?」

近田君まで、さっきの基紀君と同じことを言うなんて。

ぱっと振り向くと、皆の姿はもう完全に見えなくなってる。早く追い掛けないと、この人混みの中では探すのも苦労するはず。


でも……。



「うん……」



そう答えてしまったのは、何故だろう。

ううん、理由なんて分かってる。


私も、近田君と二人きりになりたかったからだ。
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