切ない春も、君となら。
ゾク、と背筋が凍る。

莉菜からは……どう足掻いても逃げられない……そんな気がした。


「でも、まあ」

彼女は一歩私から離れ、少しだけ柔らかくさせた声のトーンで言った。


「正式な返事は今日じゃなくていいよ。髪、てっぺんのところ黒くなっちゃってるし、毛先も傷んでるし」

「髪……?」

「彼が欲しいのは〝金髪の派手な子〟みたいだからさ。今度の日曜日までに、髪を綺麗に染め直してきて? あとネイルもボロボロだし、メイクも薄いんじゃない?」

莉菜の右手が、そっと私の顔に触れる。ビクッと大袈裟なくらいに肩が震えた。


「日曜日の午後六時にこの場所に来て」

よろしくね、と笑顔で言って、莉奈と彼は去っていった。


どうしよう、こんなことになるなんて……。

ウリ、なんて絶対に嫌。
でも、逃げたら?
莉菜に何をされるか分からない。
そもそも私が未だに金髪で過ごしているのだって、莉菜から逃げるのが怖いからだ。

誰かに相談したいけど、こんな危険なことに菜々ちゃんや杏ちゃんは巻き込まない。
基紀君と堀君だって同じだ。莉菜にかかわらせたくない。

担任に相談する? でも、助けてくれるか分からない。以前、校長室ではさり気なく庇ってくれたように思えたけど、あれはあの場の空気が面倒でああ言ってくれただけかもしれない。
他の先生は論外だ。私は問題児として嫌われている。

家族は駄目だ。私の話は聞いてくれない。助けてなんかくれない。


……総介君。

彼の顔が浮かんだ。

相談したい。助けてもらいたい。側にいてほしい。

私はその場に立ち尽くしたまま携帯を取り出し、画面を見る。けど、彼からの写真メッセージは何もない。


彼は今、東京の病院とこっちの家を行き来しているのだと担任から聞いた。
まだ、正式には引っ越してはいない。
だから、メッセージがなくても、家に行けばもしかしたら会えるかもしれない。


……なんて、そんなこと出来る訳がない。彼は今、たった一人の家族の為に必死なんだ。
私のことなんかに時間を費やしてほしくない。


でもね、私……総介君がいたから変われそうって思ってたの。総介君がいなくなったら……


また、莉菜に怯えるだけの、中学時代の私に戻ってしまう、そんな気がしてならない……。
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