切ない春も、君となら。
「杏! お前マイク持ち過ぎだから! 次は俺!」

「杏もっと歌いたいもん!」


杏ちゃんと基紀君が、カラオケに来てもいつもの様に仲良く騒いでいる。二人のこの楽しげなやり取りを放課後も見れてるって思うと、それだけで何か嬉しくなる。


「歌わないの?」

不意に近田君に話し掛けられてドキッとする。
いや、話し掛けられたことだけじゃない。
何で、いつの間に私の隣に座ってるの⁉︎ さっきまで私の隣には菜々ちゃんが……と思って前方を見ると、堀君が自分の隣の席に菜々ちゃんを連れて行っていた。近田君は恐らく、堀君に頼まれて菜々ちゃんと席を変わったのだろう。


「えっと私、歌うのあんまり得意じゃないから」

彼の質問にそう答えると、彼は「え?」とちょっと驚いた様な顔をする。
私、今日近田君のこと驚かせてばかりな気がする。でも今は、そんなに変なこと言ったかな?


「近田君?」

「お前、カラオケ好きなんだと思ってた」

「え? そんなこと言ったっけ?」

「言われてはないけど。委員会の帰りに一緒に帰った日あったじゃん。あの日、他校の友達とカラオケ行ったんだろ?」


あ……莉菜達に誘われたあの時のことか。そう言えば近田君には、莉菜達に声を掛けられたところを見られたんだった。

どうしよう。まさかこんなところで今まで隠してきた莉菜達とのことがバレる訳にはいかない。何とかして誤魔化さないと。


「えっと、カラオケの雰囲気が好きなんだよねっ。自分は歌わなくても、歌ってる人を見るのが好きっ」

我ながら、咄嗟にしては違和感のない嘘が吐けたと思った。

それに、今言ったことは完全に嘘って訳じゃない。
歌うのは得意じゃないけど、今、杏ちゃんや基紀君がマイクを奪い合って歌ってる姿を見てるのは本当に楽しいから。


そう言えば。


「近田君もさっきから全然歌ってないけど……」

私がそう聞くと、彼も「俺も歌うの好きじゃないから」答える。
< 66 / 160 >

この作品をシェア

pagetop