切ない春も、君となら。
歌うの好きじゃない……てことは……


「ご、ごめん!」

ガバッと頭を下げる私に、彼は「え?」と答えながら小さく首を傾げる。


「歌うの好きじゃないのに私が無理にカラオケ誘っちゃって……!」

私も歌うの得意じゃないから、いつも莉菜達に強引に誘われるのが嫌だった。
自分がされて嫌なことを近田君にしてしまったのでは……と思ったら血の気が引いた。


でも彼は。


「いや、謝られてる意味が分からねーし」

「え?」

「俺も一緒だよ」

そう言って彼はソファの上で軽く姿勢を正し、

「別に自分が歌わなくても、こうやって皆でカラオケ来るだけで楽しいかなと思って」

と答えてくれたけど……。


「でも、一度は断ったよね」

私も人のことは言えないけど。
やっぱり、私が無理に誘ったから渋々来てくれたんじゃないか感は否めない。


「いや、だからそれは……」

「それは?」

「その……」

何かを言い掛けてそのまま口を噤んだ彼を見つめながら、今度は私が首を傾げる。

すると。


「わっ」

突然、彼の右手が私の頭に伸びてきて、そのまま髪の毛をくしゃくしゃにされる。

ど、どうしたんだ近田君! いきなりこんな、基紀君みたいなことを! 基紀君にはしょっちゅうやられるけど、近田君にはこんな乱暴なことされたことないのに!

もしかして、やっぱり怒ってる?

そう思い、恐る恐る彼の顔を見上げると。
薄暗い室内をランダムに照らすオレンジの照明のせいだろうか。彼の顔が赤く見える。


そして。


「……お前が誘ってくれたから行こうかなと思ったんだよ」

「え……?」

それってどういうーーと続けるのと同時に、
「はるはるーー‼︎ 基紀がマイク強奪しようとしてくるー‼︎ 助けてーー‼︎」
という杏ちゃんの、マイク越しの大声が部屋中に響き、私の言葉は簡単に遮られた。
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