【短編】 桜の咲く、あの日に
いち
   * * *


「ずっと、散らなきゃいいのになぁ」



 僕は、目の前に佇む綺麗な桃色を見ながら、呟いた。



 本当に、もっとずっと咲いててほしい。


 こんな綺麗なのに、春が終わったら寂しい枝に戻るなんて、寂しすぎる。



「でも、ずっと咲いてたら、春って感じなくなっちゃうよ」



 隣から聞こえる、透き通った綺麗な声。


 隣にいるのは、サキ。



 彼女の緩く結んだ2つ結びが、ふわっと揺れた。



サキと僕の視線の先には、公園らしからぬ立派な桜の木がある。


 なんでこんな所にこんな桜があるのか分からないけど、綺麗だから僕も気に入っていて。


 毎年サキとお花見だ。



 ここは、かなり田舎。


 少し行けばスーパーもあるのに、世界が違うみたいに田圃しかない。


 別に、ここで生まれ育った僕からしたらコレが当たり前だし、特に何とも思わないけど。


 あ、でも、田圃? の上に置いてあるあの白い袋、あれが毎日鳥に見えてしょうがないんだ。


 ホラっ、あそこに鳥が…なんて、何度思ったことか。



 田舎といったら訛りが強いように思われるけど、僕はそれほど訛っていない。


 両親は都会出身だから訛らないし(何故ここに引っ越してきたのかは謎だ)、ばあちゃんはまぁ、訛るけどそんなに強くもないから。



 もちろん方言も言えるし伝わるけど。


ホレ、見てごらんなせぃ、サキともちゃんと。




「…樹(たつき)くんは、さ」



 サキが僕を呼んだ。


 風が吹いて、薄ピンクの花びらがヒラヒラ舞う。



「樹くんは、桜が散るの…好きじゃ、ない?」



 小さい口で不安気に、僕に聞く。


え…? 


 そ、その質問、去年もしなかったか…なんて思うけど、コイツにそんなこと言っても無駄だな。


 頭は僕より断然良いはずなのに、忘れっぽくて。



 忘れっぽい…なら、出会ったときのことも、全部、忘れちゃったかな……?


 …なんて思うとちょっと寂しい、な。


 僕は、覚えてるのに。


 昨日のことみたいに、覚えてるのにな。



「うん…嫌いじゃないけど、咲いてる方が好き、かな」

「んー、そっかぁ」



 少しがっかりしたような表情を浮かべる。



「サキは?」


 そう問いながら、答は知ってる。


 だって去年も聞いたし。



 いつになく明るい声で、



「うん! 私は散ってく桜、好きだよ!」



 って…やっぱ去年と変わってねぇな!



「そうだな。んじゃあ、来年からは枯れたときに見に来ようか?」



 枯れた桜のお花見なんてしないだろ普通。


 これだって、半笑いに言ったんだけど?



 なのにさ、やっぱり。



「でも、その時期に来れるかな~」



 …このバカ真面目。


 サキには冗談が通じないんだ。




「ま、時期が合ったらだね」



枯れた桜のお花見…。


 まぁ、それはそれで、楽しみだけどね。



 サキがいれば、充分だから。







 このとき、僕は、知らなかったんだ。


 サキとの来年なんて、ないことを…。

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