おばけの蝉山くん
1
クラスメイトの蝉山(せみやま)くんが亡くなった。
セミが挙こぞって命の唄を絶叫する、この夏の盛りに。
その蝉山くんが突然わたしの部屋に現れ、荒唐無稽な無理難題を言い出したのは、たしか8月15日。
蝉山君が亡くなってから、ちょうど1か月後のことだった。
――――――
8月15日
まさに、熱帯夜。
せわしなく首を振る扇風機からは、もはや熱風と言える風しか送られてこない。
けれど、彼 のいるせいか、心なしかひんやりとした空気が部屋を包んでいるような気がする。
「ねえ、成仏させてよ。」
にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、まるでホラー小説のような台詞を放つ彼は、1か月前に事故で亡くなったはずの蝉山くんだ。
「・・・えっと・・・さっきも言ったけど、無理、かな」
無邪気な笑顔に釣られて微笑み返そうとするものの、声も口角も引き攣ってしまった。
このやりとり、何回目だろう。
「ええー、おれのこと見えてるのに? 大月(おおつき)さんって寺の娘さんでしょ? 霊感とか超能力とかあるんじゃないの?」
唇を尖らせてあからさまに不満そうにする蝉山くん。
なぜか周りからそういうイメージを持たれるのは寺娘の宿命ではあるが、まさかクラスメイトの幽霊にまで縋られるとは。
わたし――大月ほたる は、この光善寺(こうぜんじ)の一人娘だ。
寺の娘といっても、特に一般人と変わらない普通の女子高生だ。
もちろん、霊感も超能力も無い。
はず、だったのだが。
白装束でふよふよと私の部屋を漂う蝉山くんの姿に、宇宙飛行士を連想する。
幽霊って重力に逆らえるんだ。
なんて、呑気なことを考えていられる自分の神経の図太さに呆れてしまう。
こんな人間離れしたことができるのも、彼がもうこの世にいるはずのない人間である証拠だ。
幽霊って初めて見た。わたしって霊感あったんだ。
しかも、自分の部屋にクラスメイトの幽霊が現れて、成仏させてくれと要求してくる。これって結構、いや相当怖いシチュエーションなんじゃないだろうか。
どうしてわたし、普通にお話しちゃってるんだろう・・・。
もしかしなくても、これ夢なんじゃ――「夢じゃないよ」
「ひっ」
――幽霊っていうのは思考まで読めるようだ。寺娘なんかよりよっぽど超能力あるんじゃないかな。
「・・・思考まで読み取れるんだ、とか思ってるでしょ?」
「うっ」
「そんなわけないでしょ、妖怪じゃないんだから・・・。大月さんが顔に出過ぎなだけだよ」
はあ、と大きくため息をつく蝉山くん。
幽霊と妖怪、そんなに変わりはないと思うけれど、幽霊側からすると違うようだ。
そうやって何食わぬ顔で宙に浮いてるの、人間のわたしからすると妖怪じみて見えるけど・・・。
「その様子じゃ本当に無理みたいだね。・・・困ったなあ、大月さんなら出来ると思ったのに・・・」
がっくりと項垂れる様子は悲壮感に満ちている。
「や、役に立てなくてごめんね・・・。あの、お経読むくらいならできるよ?」
あまりの落ち込みように同情を覚え、何となく思いつきで提案してみたのだが、思いのほか蝉山くんは目を輝かせた。
「おねがい、大月さん!」
セミが挙こぞって命の唄を絶叫する、この夏の盛りに。
その蝉山くんが突然わたしの部屋に現れ、荒唐無稽な無理難題を言い出したのは、たしか8月15日。
蝉山君が亡くなってから、ちょうど1か月後のことだった。
――――――
8月15日
まさに、熱帯夜。
せわしなく首を振る扇風機からは、もはや熱風と言える風しか送られてこない。
けれど、彼 のいるせいか、心なしかひんやりとした空気が部屋を包んでいるような気がする。
「ねえ、成仏させてよ。」
にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、まるでホラー小説のような台詞を放つ彼は、1か月前に事故で亡くなったはずの蝉山くんだ。
「・・・えっと・・・さっきも言ったけど、無理、かな」
無邪気な笑顔に釣られて微笑み返そうとするものの、声も口角も引き攣ってしまった。
このやりとり、何回目だろう。
「ええー、おれのこと見えてるのに? 大月(おおつき)さんって寺の娘さんでしょ? 霊感とか超能力とかあるんじゃないの?」
唇を尖らせてあからさまに不満そうにする蝉山くん。
なぜか周りからそういうイメージを持たれるのは寺娘の宿命ではあるが、まさかクラスメイトの幽霊にまで縋られるとは。
わたし――大月ほたる は、この光善寺(こうぜんじ)の一人娘だ。
寺の娘といっても、特に一般人と変わらない普通の女子高生だ。
もちろん、霊感も超能力も無い。
はず、だったのだが。
白装束でふよふよと私の部屋を漂う蝉山くんの姿に、宇宙飛行士を連想する。
幽霊って重力に逆らえるんだ。
なんて、呑気なことを考えていられる自分の神経の図太さに呆れてしまう。
こんな人間離れしたことができるのも、彼がもうこの世にいるはずのない人間である証拠だ。
幽霊って初めて見た。わたしって霊感あったんだ。
しかも、自分の部屋にクラスメイトの幽霊が現れて、成仏させてくれと要求してくる。これって結構、いや相当怖いシチュエーションなんじゃないだろうか。
どうしてわたし、普通にお話しちゃってるんだろう・・・。
もしかしなくても、これ夢なんじゃ――「夢じゃないよ」
「ひっ」
――幽霊っていうのは思考まで読めるようだ。寺娘なんかよりよっぽど超能力あるんじゃないかな。
「・・・思考まで読み取れるんだ、とか思ってるでしょ?」
「うっ」
「そんなわけないでしょ、妖怪じゃないんだから・・・。大月さんが顔に出過ぎなだけだよ」
はあ、と大きくため息をつく蝉山くん。
幽霊と妖怪、そんなに変わりはないと思うけれど、幽霊側からすると違うようだ。
そうやって何食わぬ顔で宙に浮いてるの、人間のわたしからすると妖怪じみて見えるけど・・・。
「その様子じゃ本当に無理みたいだね。・・・困ったなあ、大月さんなら出来ると思ったのに・・・」
がっくりと項垂れる様子は悲壮感に満ちている。
「や、役に立てなくてごめんね・・・。あの、お経読むくらいならできるよ?」
あまりの落ち込みように同情を覚え、何となく思いつきで提案してみたのだが、思いのほか蝉山くんは目を輝かせた。
「おねがい、大月さん!」