恋におちる音が聞こえたら
……双葉ちゃんじゃない。何してるんだろう。
気になって見ていると、突然腰がぎゅっと締め付けられた。
「っ……?」
なんなのいきなり……。見上げると、彼は扉の方をじっと睨んでいた。その顔を見てあたしはようやく気付いた。
……彼は、廊下にいる人から逃げてたんだ。でも見る限り友達と鬼ごっこしてる雰囲気じゃない。それに彼の不安まじりの瞳にたしかに見た。その何かに対する怯え。
それは、まるで、……
「……はああ」
彼は唐突にため息を吐くと、あたしの腰に回していた腕の力を緩めた。
いつの間にか廊下にいた人物もいない。
……あたしはあたしの口を押さえる彼の手をどけると、その場を立ち上がって未だ床に座り込む彼を見下ろす。
「今度あたしに触ったらただじゃおかないから」
そう言うと彼は薄く口を開けたまま目を大きくさせた。……なんでそんな顔するの? まるであたしが悪者みたいじゃない。
沸々と沸きあがる感情を押し殺し、あたしは逃げるように踵を返す。次の瞬間手首を掴まれ、反射的にうしろを振り向くと彼と目が合った。憎たらしい笑みでも不機嫌な顔でもない。ただじっとあたしの顔を見つめて、何かいいたげな表情をしてる。
「……、……」
“あ……”と彼が声を漏らしたところで、あたしはその手を容赦なく振り払った。
さっきと違ってあっさりと離れた手に少しだけ驚きながら、あたしは歩き出す。テーブルに広げたノートと筆記用具を鞄に詰め込み、肩にかける。
それから一度も振り返ることなく保健室を出た。