恋におちる音が聞こえたら
そろりと顔を上げて“桐也”の顔を見ると、不機嫌そうな顔で“まだ居たのか”と言うように睨まれた。いやあたしの行くところあなたの家なんですけど!!
……ハナさんも心配そうにこっちを見てるし、早く立たないと。立たないといけないのに…………
こ、……腰抜けた…………。……最悪だ。
……ハナさんは“桐也”と地べたに座り込むあたしを交互に見たあと、ジョウロを握ったまま駆け出した。それから真っすぐあたしの前まできて、その場に膝をついて横にジョウロを置く。その様子に桐也は不審そうに目を細めた。
「母さ……」
「玲那ちゃんどうしたのっ……?!」
「エッ…………!!」
“あなたの息子さんに罵声を浴びせられ、びっくりして腰が抜けました”…………なんて言えるわけがない。
……それよりもハナさん、さっき息子さんが何か言おうとしてましたよ……。今ものすごく“ど、どうなってるんだ……”ってちょっと焦った顔してます……!!!!
「どこか怪我したの? それとも具合いが悪いの? ……ハッ、まさか桐也に何かされたの?!?!」
「いえそんなまさかッ!!!!」
あたしがそう言うと同時に、ハナさんの肩越しに桐也が顔をそらしたのが見えた。ちょっと放ったらかしにしないでなんとか言ってよ!
「本当に何でもないので……!」
「でも泣いてるじゃない!」
ハナさんは心配そうな顔であたしの頬についた涙を優しく拭う。
「ち、違うんです……これはっ、……コンタクトです!! 桐也くんとぶつかった拍子にずれちゃったみたいで……!」
“紛らわしくてごめんなさい”。そう笑うと、ハナさんは“あら、そうだったの……?”と困ったように笑った。
……よかった、信じてくれたみたい。……でもごめんなさいハナさん……。あたしコンタクトを嵌めたことは一度もないです。あんなの怖くてつけられません。
「でも怪我が無いみたいでよかったわ。二人とも、これからは気を付けなさいね」
「……はい」
「……」
……心の中で安堵の息を吐いたあと、ふいに桐也と目があった。あたしがハナさんに嘘をついたことに驚いているのか、その表情は呆然としている。
先に目をそらすと、彼ははっとしたように俯いて口元に手を当てた。……どうやら何かを察したみたい。