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「ただいま」
そう言って廊下からリビングへ続く扉を開くと、キッチンで野菜を切っていた母が、私の姿を見て笑った。
「お帰り和紗。今日はシチューよ」
「そうなんだ」
母は週に1度必ずシチューをつくる。
そしてこう言うんだ。
「和紗はシチューが好きでしょう?あの人と同じだわ」
母の目には、あの男しか映っていない。
私が物心ついたとき、そのことに気づいた。
母はあの男に捨てられた。
その事実を心の奥底に追いやって、捨てられた事実を認めたくないがために心に何重にも鍵をかけている。
事実に鍵をかけて、鍵をかけて…いつかあの男が自分のもとに帰ってくると思っている。
帰ってくるわけないのに。
いい加減気づきなよ。
そんなことを言ったら、母は壊れてしまう。
未だにお金だけ振り込んでくるのは不倫がばれ、しかも子供まで孕ませた事実を世間に知られないように口止めのためだ。
そのことが唯一あの男との繋がりで、母を苦しめている。
お金が振り込まれる度、通帳を見つめて愛しそうに抱き締める母。
私のことはそんな風に抱き締めたりしないのに。
所詮私は、あの男と母を繋ぎ止めている"道具"でしかないんだ。
「うん。お母さんが作るシチュー好きだよ」
大嫌いよ。
シチューなんて。