突然パパになりまして
「それでどういった経緯なんでしょうか」

あれから全く会話は進まず、朝食は終了――食器まで洗ってくれたものの、なんだろう。
ここまで気持ちが癒やされるどころか緊張感で支配されたのは初めての事だ。

「おそらく信じられないかと思いますが、これから話すことは全て事実です」
「はい」

話して事がどう転じるか分からない。
でも気持ちはどうあれ、柏木が気を使ってここまでしてくれたのはいくら俺でも分かる。
正直に答えよう。そこから先は本当に分からないが1人で考えるより遥かにマシなはずだ。

「……以上です」

どれほどの時間が経過したんだろうか。
柏木は終始、相槌以外では全く口を開かず黙って聞いてくれたおかげで余計な気遣いをせずに済んだ。

「話の内容は理解しました。前田さんはこれからどうするおつもりですか」

どうする……全く考えてなかった訳じゃない。

「昨日のお店へもう一度行こうかと考えてます。顔はうっすらとですが覚えているので」
「来ない確率が大きいと思いますが、そうなった場合はどうされますか」

どうもこうもない。それが一番怖い。
赤ん坊がいるということは当然旦那もいると考えていい。
別居か死別してない限りは「子供はどうした!」……ってなる。
「誘拐されたの」と言われたら俺はもう……

「私は前田さんを信じています」
「……は、はい?」

俺の表情を読み取るように真っ直ぐこちらを見る柏木。
少し怒ったように感じるのは決して俺が原因ではなく赤ん坊を放置した母親への静かな怒りのようにも思える。

「前田さんは仕事を覚えるのが遅くてミスばかりしますし、電話の応対も営業をしていたとは思えないぐらい下手です」

……えーっと、いきなり俺の精神を殺しにかかりましたか?

「ですが一生懸命しています。それはお客様に限らず私にも伝わっています。ですから――」

意外だった。
普段の柏木の態度を俺は苦手というだけできちんと見ていなかったのかもしれない。
柏木は……俺を見て、評価すべきところは評価してくれていたのか――ほんの少しだけど。

「私は前田さんを信じているのです」
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