メトロの中は、近過ぎです!
コーヒーを二つ入れて、テーブルに置く。
大野さんはソファーから起き上がって、黙ってコーヒーを飲んだ。
私はたくさんあるパンの中からクロワッサンを選んでお皿に移した。
大野さんも自分の前にあるお皿にクロワッサンを乗せる。

二人とも何も話さなかった。

サクっと音を立てて食べたクロワッサンが美味しくて、また泣きそうになったから慌ててコーヒーで流し込んだ。

「ここのパン屋、クロワッサンが人気みたいだぞ。みんな買ってた」
「ふーん」

大野さんがパン屋に並んでいる姿は想像し辛いけど、こんな朝早くにわざわざ寄ってきてくれたんだと思うと、胸の奥がキューっと縮んだ。

クロワッサンは半分しか食べられなかった。
それでも大野さんは何も言わなかった。

ただ黙って二人でソファーにもたれて朝のテレビを見てた。
テレビから流れるのは、興味のない芸能人のゴシップ。
それでも、二人とも何も話さなかった。

二杯目のコーヒーがなくなった頃、大野さんが口を開いた。

「寝ろよ。いてやるから」

その声がなんだか心地よくて、全身の力が抜けていく。
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