メトロの中は、近過ぎです!
「やっぱり。新しいオフィスの改装の担当は戸田君になるんですか?」

膝に乗せた手の平を見ながら聞いた。

「だろうな。おまえやりたかったのか?」
「少しは……いえ、やりたかったです」
「そうか。そのうちそんなこと言ってられないくらい他ので忙しくしてやる」

ふふっと笑って顔を上げると、電車の窓の中に大野さんがいた。
窓の向こうの大野さんが私を見ている。

ドキリとした。

窓の中の大野さんは私と目が合ってても逸らそうとはしないでもっと見つめてくる。
私も窓の中の大野さんから目を逸らせない。
こんなに見つめ合うことなんて、普段ならあり得ないのに……

大野さん……

現実には触れようと思えば触れられる隣にいるのに、窓の中の大野さんの存在こそが本当の彼のような気がした。

かすんだ窓に映る大野さん。
この距離が本当の私たちの距離
決して触れることはない距離

電車はゆっくりと地上に出た。
大野さんの中を光が通り過ぎていく。
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