メトロの中は、近過ぎです!
「じゃ。帰るな」

小さく大野さんが言う。

「うん」

私は笑顔で見送ろうと決めた。

「真帆…」
「うん。何?」
「…いや。早く元気になれよ」
「うん」

そう言うと大野さんは鞄を手に取り、部屋から出ていった。
ゆっくりと閉まるドアが、この時ばかりは早く閉まっていく。

足音が遠ざかる。

これでいい。
これでいいんだ。

私たちはこのまま幼なじみで、会社の仲間で……

涙がこぼれてしまった。
最後の最後まで、目を見開いて耐えたけど、瞬きした途端ぼたぼたとこぼれ落ちてしまった。

行かないで…

その言葉が私の中から出たがっている。
片割れをなくした右手が、行き場をなくして冷たくなっている。

私は右手をギュっと握って口に押し当てた。


大野さん…


『俺は親父も姉貴も裏切れない…』

彼の言葉が頭の中でリフレインする。

私はそのままベッドに横になった。
病院の硬い布団の中、小さく丸まって、手で顔を隠す。


これでいい。
これ以上一緒にいちゃいけない。
今の関係以上の関係なんて私たちの間には存在しないんだから……


大野さんを想って泣くのはこれが最後。
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