メトロの中は、近過ぎです!
「大丈夫か?」

大野さんの息が荒れている。

「はい」

その横を末岡さんが通り過ぎていく。

「では、これで」

私の王子が、また私の知らない業界人になっていく。

「ありがとうございました」

その背中に声をかけるけど、もう返事は返ってこなかった。

どうやらこの異世界の部屋は駅員さんの休憩室だったらしい。
急かされるようにお礼を言って外に出ると、朝はどんよりしていた天気も私が寝てる間に晴れてくれたようだ。

ラッキー

なんてのんきに考えていたら、
「こっちだ」
バッグを奪われ、腕をひかれた。

駅の近くのコインパーキングまで無言で連れて行かれると、大野課代は黒のRV車の前で止まった。

「課代の車ですか?」

「そうだ。乗れ」

厳しい口調。
やっぱり怒っているんだ。
ここは謝った方が得策かな

「前田ホームまでの道分かるか?」

「駅前からの地図が資料の中にあります」

「11時だよな?」

課代が左腕の高そうな腕時計を見ると、

「ギリギリだな」

結構強引な割り込み方で車の流れに乗った。

「すみません。ありがとうございます」

この前の暴言は許してないけど、ここは大人になって頭を下げるとしよう。

「この貸しはデカいぞ」

許しの言葉も、励ましの笑顔ももうない。
爽やか御曹司はもういないらしい。

「はぁ」

何気なく乗ってるけど、課代は運転がとても上手い。
カーブでも車線変更でも意外と優雅にハンドルをきっている。

よくこの大きい車を自在に操れるもんだ。
と、そのハンドルを持つ手を見ながら考えていた。

赤信号で車が止まった途端、ゆっくりと私に向けられた視線

っ!

思わず視線を外して、前の車のテールランプを見る。

「大丈夫なのか?」

なんで私ドキドキしてるんだ?

「はい。ご心配おかけしました」

「…」

「…」

この間がつらい。
車内が静か過ぎるんだ。

「ミニスカートじゃないんだな」

「何言ってるんですか。セクハラですか?」

「心配して言ってるんだろう」

少し怒った課代は、前を見つめたまま無言になった。
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