メトロの中は、近過ぎです!
3日目は、3両面付近のホームのベンチに座っている末岡さんを見つけ、
「おはようございます」
自分から挨拶した。

「おはよう」

立ち上がった末岡さんは、持っていたiPhoneを黒い鞄にしまうと、その手で私の腰を持って、列に並んだ。

まるで、
まるで、
お姫様扱い…

尋常じゃないくらいドキドキしている。
こんな優雅なエスコート、地下鉄に乗るだけじゃもったいないんですけど。
きっと会社のみんなに言ったら大爆笑されるだろうな。

電車の中でもお姫様扱いは止まずに、途中の駅で止まった時には髪まで触られた。
顔にかかっていたのを払ってくれただけなんだろうけど、もうどうしようもなく頬が熱くなった。

見上げると整った顔が優しく微笑む。
眩しすぎて俯くと肩に顔を埋めてるみたい。

混雑する車内で押されて末岡さんの胸に触れると、まるで抱き締められてるかのように背中にまわされる腕。

もう本気で勘違いしてもいいですか?


そんな浮かれ気分で仕事をしていた午後。突然、辰五郎さんがやってきた。
クライアントさんがここに来ることなんて滅多にない。

何かミスしたかな、と不安になりながら、ミーティングルームに案内する。

「何かありましたか?」

「いや。あの~。伊藤ちゃんを呼んでくれ」

いきなり伊藤ですか?
そんな大失態、私、何をしたんでしょう?

口には出さなくても、そんな顔していたんだと思う。

辰五郎さんは
「いや、そうじゃないんだ。あの~、なんだ。
個人的っていうか、とにかくまほちゃんは関係ないから…
伊藤ちゃん、いるかい?」
なぜか焦っている辰五郎さん。

びくびくしながら伊藤チーフの隣に行き、

「すみません。辰五郎さんが…」

それだけ言うと、チーフは分かっていたようで無言で席を立った。

歩いていくその後ろ姿がすごく怖い。


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