侯爵様のユウウツ 成金令嬢(←たまに毒舌)は秀麗伯爵がお好き?
「でも私の事は嫌いだった筈でしょう? いつ心が変わったのです?」

レイモンド様は苦笑を滲ませ、
「君を嫌った事なんてただの一度も無いよ。恋しくて苦しくて、嫌いになれたらどんなに楽かと何度も思ったけどね」

「でも」と困惑する私を見つめ何かを察したように、
「出会った日から、僕は君に恋してた。義父上(ちちうえ)に君と結婚するように言われた時は、バカみたいに嬉しかった。けど僕は天邪鬼だし疑り深いし、何より義父上のシナリオ通りに踊らされているようで、嫌だったんだ。あの時の自分の態度をどれだけ後悔した事か。競馬場でルースと君のキスシーンを見せられた時は、気が狂いそうだったよ」と。

「もっと早く打ち明けて下されば良かったのに」

「君が愛おしすぎて、拒絶されるのが怖かった……。エセル、ただ僕の傍にいてくれるだけで良い、たとえ愛してくれなくても……だからずっと」

傲慢さなど微塵もない臆病で不器用な愛の告白が、痛いくらいに胸に響き、心を甘く震わせます。

込み上げて来た涙の膜で視界が滲み、気付いた時には温かな胸に抱きしめられていました。

「少しだけこうさせて……。それから、どうか僕を嫌わないで」

切ない声が迷子のように震えています。
どうして嫌ったりできるでしょう……。

「少しだけでは嫌です……レイモンド様」

甘えるように額や頬をすり寄せました。

私の言葉や態度にレイモンド様は驚いていたようですが、刹那、更に強く抱き締められました。

薔薇の芳香に混じるシトラスの香りと、耳と肌に伝わる少し早い鼓動。
レイモンド様は私の顎に優しく手をかけ、唇が重なります。

愛おしむような熱く甘美な口付けの最中、何度も愛を囁かれ、夢ならどうか醒めないで欲しい。
私はそう願ったのでした。



後年この国で『ウィザーク侯爵』と言えば、愛妻家を象徴する言葉である。
それは第十一代ウィザーク侯爵レイモンドが、エセル夫人を愛して止まなかった事に由来する。

彼は薔薇にまつわる幾つかのエピソードを残したが、中でも自らが品種改良した新種の白薔薇に最愛のひとの名を付け、毎年彼女の誕生日に百一本の『エセル』を贈り続けた話はあまりにも有名である。

それに……ああ、その話はまた別の機会に。


百一本の薔薇の花言葉は、『これ以上ないほど愛しています』
彼はその言葉通り、生涯エセル夫人を愛し慈しんだ。



                          ~ fin ~
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