御曹司のとろ甘な独占愛
 心臓がドキドキと早鐘を打つ。

 こんな状況なのに、怖い、よりも、きゅうっとなる胸の矛盾で、上手く状況がのみこめない。

 喉が詰まるようなときめきが、恐怖心や罪悪感とごちゃごちゃに鬩ぎ合った。


 伯睿は彼のジャケットの胸ポケットからカードキーを取り出すと、そろりそろりと勿体振るような仕草で、一花の胸ポケットに差し入れた。

「……お昼の休憩時間に、誰にも見つからないようにエレベーターに乗って、このカードキーをかざして下さい。副社長室へ行けます」

 それだけを告げると、伯睿は体勢を起こした。

 貴賓室を出て行く彼の背中を、一花はぼんやりと見送る。



 一人、貴賓室に残され――次第に冷静になっていく頭の中で、伯睿に声を掛けられるまでの出来事を思い返した。

 伯睿が怒っている理由は、『季節の翡翠』コレクション代表作を売ってしまったからじゃない。

(……きっと、慧様のことを、伯睿は勘違いをしているんだ)

 なんであの時すぐに気がついてあげられなかったんだろう、と自分本位に発した回答を、後悔する。


 店内全体にかかっているクラシック音楽が、場違いに響いていた。
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