御曹司のとろ甘な独占愛
「……それは、俺のだ。返してくれ」

 伯睿は出来るだけ怡菲を刺激しないような声音で、懇願した。

「嫌。伯睿が私と婚約してくれないと、返さない」

 怡菲は腰の後ろに宝石箱を乱暴に隠す。
 衝撃でリンリン、チリリンと翡翠の悲鳴が上がった。伯睿は心臓を直接掴まれたような苦しみに苛まれる。
 脳が、彼女は危険だと叫んでいた。沸騰したような血液が、警鐘を鳴らしている。

「いい加減にしてくれ……。その宝石箱を、返すんだ」

 伯睿は喉から絞り出すように、怡菲に再び手を差し出す。

「絶対に嫌よ。……朝顔ちゃんのための『華翡翠』コレクションなんて、作らせない!」

 彼女は涙を浮かべながら叫び、怒りの感情を激しく伯睿へぶつけた。
 狭い室内で、彼女の声が反響する。耳を覆いたくなるような甲高い声に、伯睿は眉間に皺を寄せた。

「怡菲。一時の感情で、時価数千万円を超える翡翠が入った宝石箱を他社から持ち出すなんて、本当に宝石商の娘なのかと疑いたくなるほどの愚行だ。あなたのご両親にも多大な迷惑がかかることになる」

 怒りを通り越して呆れ果ててしまった。「今返したら大きな問題にせず、終えることができる」そう畳み掛けたが、怡菲は大きく首を横に振った。

「そんなの……っ、そんなの……わかってるわよッ!」

 顔を上げると、部屋いっぱいに悲鳴じみた叫び声を轟かせる。
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