御曹司のとろ甘な独占愛
 無言で翡翠を拾い集めていた伯睿のそばで、怡菲は立ち尽くしていた。
 彼女はこの空気に耐えかねて、伯睿の肩へ手を伸ばす。

「……ね、え…………」

 無音の空間に、パキリッと彼女のヒールが宝石箱の破片を踏んだ音が響いた。

 伯睿は、手のひらの中にある傷だらけの翡翠を握りこむ。
 取り出したポケットチーフに包んで、心臓の上のポケットへ丁寧に仕舞いこんだ。

「……なによ。……な……なにか言ってよ、伯睿……」

 伯睿は怡菲に背を向け、無言のまま、宝石箱の破片を集める。
 本来宝石箱を入れて持ち帰る予定だったアタッシュケース中へ、金細工の縁を片付け、硝子の破片をザラザラと流し込んだ。

 伯睿はその場から立ち上がると、スタスタと出口へ向かう。この酷い部屋から外界へ出るためのドアノブに、手をかけた。


 そして一度、感情を全て殺すように目を閉じる。

 伯睿は首だけで振り返ると、鋭い硝子のような瞳に怡菲を映した。


「あなたには幻滅した。――もう、俺の目の前に現れないでくれ」


< 164 / 214 >

この作品をシェア

pagetop